北京/ディスコクイーンは娼婦 by 乳に焦がれて三千里 自分を高く売りつける術と,男の扱い方にも長けているようだった。 北京の高級ホテルの中にあるそのディスコは,娼婦たちとの出会いの場所として知ら れている。世界チューンを有する5ツ星の高級ホテルにあるディスコが,公安の手入 れも受けずになぜこのような危ない営業を続けておれるのか。共産党幹部がなんらか の形で経営にタッチしているということらしかったが,真偽のほどは不明である。 北京に赴任した商社マンが滞在中の思い出を綴った本に,某高級ホテルのディスコに は夜毎,美しい娼婦たちが客を求めてやってくるとあった。そこには具体名は書かれ てなかったので,ガイドブックに載っているホテルやディスコの紹介欄を眺めながら, どのホテルのことをいっているのだろうかと思いをめぐらしていた。結局,そのディ スコの名前を知ったのは外国の海外風俗体験記を載せているホームページ上だった。 ここの娼婦たちの客となるのは,たいていが金持ちの中国人たちで,私のような観光 客はむしろ少数派に属する。そこがもっぱら外国人を相手とする,モスクワのナイト フライトディスコの娼婦たちと異なる点だ。 その夜,数十人はいたであろう娼婦たちのなかで唯一,私の下半身を衝いたのが彼女 だった。フェロモンタレントの藤原紀香に似た男好きのする派手な顔だちをしていた。 豊満な肢体を誇示するかのような淡い色の薄手のドレスは,身体のラインをくっきり と浮かび上がらせていた。かけていたショールを取り去って露らになった白い肩には 思わずドキリとさせられた。 手招きで呼び寄せるまでの30分ほどの間,彼女にどのようにアプローチしようか迷っ ていた。欲望剥き出しの上ずった声で話し掛けようものなら,交渉で足元を見られる ことは間違いなかった。 周囲には他人の眼もある。できるだけさり気なく,ビジネスライクに交渉のテーブル に持ち込みたかった。そんなことを考えているうちに視線が合い,ままよと手招きを して呼び寄せたのだが,軽くいなされてしまった格好だ。 しかしそれも所詮,駆け引きのひとつに過ぎなかったろう。もし私がもっと積極的に アプローチをかけていれば,いくばくかの金銭と引き換えに,彼女とベッドを共にす ることができたことは間違いなかった。 彼女を追わなかったのは,交渉を有利に進めたかったという理由のほかに,待てばもっ といい女が現われるかも知れない,というスケベ心が片隅にあったからだ。 しかしその逡巡は結局裏目に出てしまった。そうこうしているうちに彼女は他の男の 誘いを受けてテーブルに着いてしまったのだ。私の心は嫉妬と後悔で疼いた。こうい う状態を私は,飛行機のトイレの「使用中」になぞらえて「Occupied(占有)されて しまった」と,自分なりに表現している。 彼女にはまだ未練があったので,フロアで踊る女たちや新しくやってくる女たちを値 踏みしながらも,男とチークダンスを踊ったりしている姿を眼の片隅で捉えていた。 交渉が物別れに終わらないかと密かに期待していたのだが,その願いもむなしく,い つの間にか2人の姿はディスコから消えてしまった。 彼女の姿が消えてからも往生際が悪く,いい女を求めて午前1時過ぎまで粘ったが結 局,その夜は彼女以上の女を見つけることができず仕舞いで,ひとり寂しくホテルへ の夜道を辿ったのである。 そして翌日には北京を離れた。 数日後,北京に舞い戻った私は,今夜こそ彼女をゲットしようと心に誓い,馳やる気 持ちを押えてディスコに乗り込んだ。私の胸はまるで遠い昔の少年のころのようにと きめいていた。今夜は駆け引き抜きで彼女にアプローチする心づもりだった。 ディスコの営業時間は平日は午後8時半から翌日午前2時までだが(週末は8時から3時 ),私は開店早々にフロアを見渡せるスツールに陣取った。ちなみに入場料は男120 元,女100元で1ドリンクが付いてくる。 女たちは三々五々ディスコに「出勤」してくると,どういう訳かほとんどが化粧室に 直行した。フリーの女たちのはずだったが,そこに出勤簿でも置いてあるのだろうか。 それともただ単に用を足したり,化粧を整えていただけなのだろうか。こればっかり は確かめる訳にはいかなかった。 開店早々から顔を出す早出の女たちもいるが,ディスコが佳境を迎えるのは10時過ぎ から1時頃までだ。そして1時を過ぎると,お茶を引いた女たちが帰り支度を始める。 私は半券と引き換えに手にしたビールとピーナツをときどき口に運びながら,やって くる女たちの姿を眺めたりしてお目当ての彼女がやってくるのを待った。 10時になると,それまでフロアに流れていたBGMが止まり,スモークが吹き出し,レー ザーが店の名前を空中に浮かびあがらせ,仰々しい音楽とともにディスコタイムが始 まった。 白人のDJによる英語の常套句が響きわたると,ディスコミュージックが大音響で流れ, 女たちがフロアに繰り出し踊り始めた。それは娼婦たちが自分の魅力をアピールする 顔見せ的な性格を備えていた。しかしその中に彼女の姿はなかった。 いつ来たのかフロアで踊っている彼女の姿を見つけたのはディスコタイムのオープニ ングから30分ほどたってからだった。今夜の彼女は裾にフレアが入ったダーク系のミ ニドレスに身を包んでいた。身体のラインを浮き上がらせているのは先日の夜と同じ だった。私の胸は高まった。 彼女は音楽に合わせて数人の仲間と一緒に数曲踊っていたが,曲が変わると仲間とと もにテーブルに戻った。私は所期の予定通り,彼女に近付くと,その肩に触れてこち らを振り向かせた。そして耳に指をあててから上を指差して,ここはうるさいから2 階へ行こうと身振りで示した。 誘いを断るのではないか,という一抹の不安はあったが,思いのほか彼女は従順につ いてきた。 2階のテーブル席に着くと,ウエイトレスがすぐに注文を取りに来た。私はパスした が,彼女に意向を尋いてソフトドリンクを注文した。50元。もちろん支払いはこちら 持ちだ。100元札を手渡した。 彼女はごく簡単な英語しか理解できなかったので,私は手帳を取り出すと筆談の準備 をした。そして,両の手の平を合わせて頬に当て首を少し傾ける,いわゆるお眠みの ポーズをしてから,手帳に「金?」と書いて見せた。こういうときは単刀直入に切り 出すに限る。 「How much?」を現わす「多少銭?」(ドウシャオチェン)など必要最低限の中国語 を知らない訳ではなかったが,中国語が分かると下手に思われても困るのであえて使 わなかった。 そのとき,ウエイトレスが彼女の飲み物を運んできた。彼女は私が英語が話せるのを 確かめると,ウエイトレスに交渉の通訳を頼んだ。釣銭の50元をその手間賃としてウ エイトレスに渡すようにいったので,その言葉に従った。筆談だけでも事は足りたろ うが,なりゆき上そうなった。ウエイトレスは学生アルバイトらしく,そこそこの英 語を話した。 「金?」の問いに対して,彼女は4,000元という予想外の値段を吹っかけてきた。ド ルでいくらかとウエイトレスを介して尋くと同時に,「美国銭?」つまり美国(アメ リカ)の金であるドルではいくらかと手帳に書いて見せた。それに対しては1ドルが 約8元の為替レート通り,500ドルという答が返ってきた。 私のその夜の予算は300ドルだった。できれば200ドルほどで押えたいと思っていた。 実際に手許にもドルで300ドルしか用意していなかった。 200ドルという金額に根拠がない訳ではなかった。 というのは実は半年前に私はこの ディスコで,違った娼婦を買ったのだが,そのときの値段が200ドルだったのだ。 そのときの女は,今夜の女とはまた違った魅力を備えていた。中国東北部のハルピン 出身というだけあって身長は高く,180cm前後はあっただろうか。 このディスコに来る娼婦にはハルピン出身者が少なくないようだった。テーブルに呼 んで飲物をふるまった,ベレー帽にミニのワンピース,ハイソックスをグリーンで統 一したお嬢さんファッションで身を包んだ若い娼婦もまたハルピン出身だと話してい た。 2人ともこちらが問いもしないのに,自分の出身地を明かしたのだが,ハルピン出身 が北京では何か特別な意味をもつのだろうか。 ひとつにはバンコクでは一種のブランドとして使われている,美人の産地として知ら れるタイ北部の都市チェンマイのようにハルピン出身であることを誇っている場合で ある。もうひとつはそれとはまったく逆で,自分は地方のハルピンから北京に出てき た田舎娘だがそれでもいいか,という意味が込められていた場合だ。 同じ中国人を相手にするならハルピン出身であることが何らか意味をもっていたかも しれないが,魅力的でありさえすれば出身地など私にとってはどうでもよいことだっ た。 出身地がハルピンだと聞いて,そこが冬には相当寒くなるという断片的な知識から, 腕を両脇で震わせて寒いという身振りを2人の女に同じように示したのだが,両者と もたいした反応は返してこなかった。 グリーンの女の言い値がこれまた500ドルだったから,外人に対する相場は決まって いるのだろう。200ドルを主張していた私との間で交渉はまとまらず,結局テーブル に着いて接待をしてもらったお礼にチップだけ渡して終わりにした。いま考える と300ドル張り込めばまだ交渉の余地は残っていたかも知れない。 中国では1ヵ月の収入が一般的な労働者なら2,000元もあればいい方だから,身体 を500ドルで売ることができれば一般人の2ヵ月分の収入を一晩で稼ぐことになる。 彼女たちはこのような売春だけで稼いでいるのではなく,踊りや酒の相手をすること でいくらかの金銭も得ているようだった。また,ある女に飲物をしつこくねだられた こともあったから,バンコクやマニラのゴーゴーバーのように,そのうちのいくらか が,彼女たちに還元される仕組みになっているのかも知れない。フリーの筈の彼女た ちとは相容れないことだが,店との間でなんらかの約束事があるのかも知れない。 ハルピン出身の背の高い女とも今回と同じように,2階のテーブルに着いて,交渉を 筆談で進めた。女は自分の方から金額を言い出さなかったので,私はまず相手の反応 を見るつもりもあって100ドルという,ダメ元の金額を示した。 彼女は笑みを浮かべると予想通り首を横に振った。それではと一気に倍の200ドルを 提示すると,少し考える様子を見せたが案外すんなりとOKとなった。私は300ドルま でなら出してもいいと思っていたから,彼女はそれほど金に執着する性格ではないの かも知れなかった。 逢瀬は彼女の希望で翌日の午後2時に,彼女が私の宿泊しているホテルの部屋に来る ということでまとまった。以前にも書いた公安による売春取締り「査夜」への対抗策 が,本当にこのような形で取られていることが確認できた。 手帳の1ページを破り取ると,そこにホテル名と部屋番号を書いて渡した。部屋番号 が間違ってないかと,ホテルカードと入念に照らし合わせて確かめた。彼女は自分の 名前と携帯電話の番号を手帳に書いてくれた。 その夜は,明日に備えて早々にディスコを引き上げることになった。 私が宿泊していたホテルはディスコから歩いて10分ほどの距離にある3星クラスで1泊 の宿泊料金は約500元。5階建てと階層は低いものの,長い廊下が放射状に伸び部屋数 は多かった。台湾や香港からのツアー客の利用が多いようで,ロビーでそうしたグルー プの姿をよく見かけた。 部屋はツイン形式で統一されており十分な広さがあった。衛星放送が入る日本製の大 型テレビが設置されて,日本の感覚からすれば値段の割には安く感じる。 彼女との逢瀬が午後2時という中途半端な時間だったので,どこかに出掛けるという 訳にもいかず,昼食を執りに外に出た以外は部屋で過ごした。ホテルで女が来るのを 待つというのも,期待が膨らんでどこか落ち着かない気分にさせられる。 柄にもなく,彼女を迎えるために昼間からシャワーを使った。万全な体制を整え,後 は彼女が来るのを待つばかりとなり,約束の時間が近付くと何度も時計に目をやった。 やがて約束の2時になった。しかし,5分が過ぎ,10分となっても彼女は現われなかっ た。30分を過ぎると私は部屋から彼女の携帯へと電話をかけた。うまく繋がるか自信 はなかったが,数回の呼び出し音の後に彼女が出た。 彼女は英語がほとんど話せなかったが,つたない英語で行けないというようなことを 話しているようだった。一度受話器から離れたような感じだったが,再度声が聞こえ たときも,また行けないというように話すと,向こうから一方的に切ってしまった。 すぐに私は掛け直したのだが,今度は呼び出し音がむなしく響くだけだった。 私は彼女が他の男と一緒にいるのではないか,と想像した。一度受話器を離れたとき に,その男に相談に行ったのではないか。そして,男が彼女を引き止めた,というよ うな光景を思い浮かべた。昨夜,私が去った後のディスコで,常連の男と約束でもし たのだろう。 私はかなり落ち込んだ。気を紛らすために外へと出掛けた。露天が並ぶ三里屯の道を 重い心を抱きながら歩いた。たかが娼婦に振られたくらいで,これほど気落ちすると いうのも我ながら不思議だった。 そして,その夜,懲りずにまたもや例のディスコへと出掛けたのである。彼女に会っ たら,どうして来なかったのかを問いつめようと思っていた。 案に相違して早い時間に彼女は姿を現わした。私はまず怒りをぶつけてしかるべきだっ たのだが,こちらから彼女に手を挙げて近付いていった。彼女への執心は衰えていな かった。 人気がまだあまりない2階へと彼女を誘った。注文を執りにきたウエイトレスが彼女 が英語があまり話せないのを見てとって通訳を買ってくれた。 今日の午後来れなかった理由が,友だちの結婚式に出席していたからだ,ということ がウエイトレスの通訳で分かった。そして申し訳ないと謝っていることも聞かされた。 結婚式なんかは前もって分かっている筈だが,本当にそうだったのか,あるいはその 場を取り繕うための言い訳だったのかは,よく分からない。 しかし私は懲りずに彼女に再度の逢瀬を求めたのである。ただ昨夜と異なるのは,私 が明日,帰国しなければならず,公安の査夜をかわすために,明日,明るいうちに会 うことができないことだった。 私はその旨を説明して彼女に今晩会いたいと伝えた。彼女はしばらく思案していたが, やがて意を決したよう頷いた。 彼女は,今から30分ほど後に私の部屋に行くから,私に先に帰って待っていてほしい と言った。再度部屋番号を手帳に書いて間違いがないようにしてから,私はディスコ を後にした。まだ10時を過ぎたばかりだった。 私が部屋に戻ってしばらくすると,予定よりも早く部屋のベルが鳴った。私は急いで ドアを開けると,彼女は廊下の左右を素早く見渡すと,勢い込んで部屋に飛び込んで きた。 私は彼女の身体を受け止めた。 藤原紀香似の娼婦とのディスコでの交渉の場面に話を戻そう。 彼女は500ドルの要求を簡単には引き下げなかった。私の部屋に来るのなら,部屋に 置いてきた金を足すこともできたのだが, 500ドルは論外だった。 私は財布を取り出すと,本当に300ドルしかもっていないことを彼女に示した。そし て,300ドルでいいのなら今晩,彼女を待っている,とウエイトレスを介して伝えた。 彼女は「私が好きなんでしょう。ホテルまで金を取りに行ってきたら」というように 腕を振って走る格好をして見せたが,私はそこまでするつもりはなかった。 私の意志が堅いのを見て取ると,彼女は400ドルまで譲歩してきた。そこで私の方 も300ドルのほかに両替えして持っていた400元を上乗せすると伝えた。彼女はそれで 遂に折れた。 彼女は私のホテルの部屋に来てメークラブするつもりはないようだった。なぜなら友 だちとシェアしてホテルの部屋を借りていたからだ。彼女が宿泊しているそのホテル が,ウエイトレスに教えられるまで,すぐ隣に立つ4星ホテルだとは気づかなかった。 ホテルの部屋番号を私に教えると,先に行っているから10分後くらいに来てくれと言 いおいて,彼女はディスコを後にした。 ウエイトレスは私と2人になると,お腹が空いているから自分に何か買ってくれと話 しかけてきた。女を買う金があるくらいなら自分にも回してほしい,ということらし かったが,通訳の手間は50元で十分だったから取り合わなかった。 しばらくしてから私も彼女の後を追った。宿泊客でない人間がホテルの部屋を訪ねる のは緊張を強いられる。4星だからセキュリティのチェックが厳しいのではないかと 心配だったが,入口には誰もおらず,また初めて入ったホテルにも関わらずすぐにエ レベーターの場所も分かり,難なく彼女の部屋があるフロアに降り立つことができた。 教えられた番号の部屋の前に辿り着きノックしたが中からは応答がない。いわれた時 間より少し早かったのだが,彼女はとっくの昔に部屋に戻っていると思っていた。 こんな場所に立っているところを宿泊客に見つかるとまずい。どうしようかと思案し ていると,彼女が廊下をこちらに歩いてくるのが見えた。 多分「待たしてごめん」とでも中国語で言いながら,まったく警戒している風もなく ゆっくりと近づいてくると,ドアを開けて私を部屋へと招じ入れた。 中はホテルの一室というよりは,若い女性の部屋という趣で生活臭に溢れていた。化 粧品がドレッサーの前に並び,椅子には衣類が重ねてあった。バスルームには洗濯物 が干してあり,窓際には発泡スチロール入りの弁当が置かれていた。 このホテルに公安が来ることはないのかと聞くと,心配ない,ということであった。 コトが終わってから,自分はまたディスコに行くが,私はどうするか,と聞いてきた。 あなたで十分満足した,と答えた。 しかし,300ドル+400元はちと痛かった。
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